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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール;そういうものだから・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール;そういうものだから・・・」



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       「お知らせです」

私たちミナミAアシュタールは、海外に行った縄文の人たちの足跡を探しに

9月3日から13日までイタリアに行ってきま~す^0^

去年はブータンへ縄文の人たちを探しに行ってきましたぁ~・・その続きです^0^

「日本列島から日本人が消える日」にも書いていますが、昔のイタリアには縄文の

人たちがたくさんいたそうです。

なので、何か縄文の人たちの足跡?があるのではないかと思い、実際に行ってみたく

なりました^^

海外から見てみると、日本の歴史についてまた違うものが見えて来るかもしれない

しぃ~~・・

ということで、しばらくサロンを留守にいたします。

メールなどの連絡は取れるとは思いますが、何しろ旅行中でバタバタしていますので、

返事をお返しするのも時間がかかってしまうと思いますので、サロンは、通常営業して

おりますので、もしお急ぎなどでしたら直接サロンにお電話いただければと思います。


何か面白いネタが見つかるといいなぁ~~・・いや、見つけて来ま~~す!

旅行中も記事はアップしますので、お読みくださいねぇ~~^0^



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(ここから)


九州育ちの作者が“法事”で疑問に思ったことを漫画に 「分かる」「確かに疑問」と反響


今でもそうなのぉ~~(驚)

私も小さいころから不思議でした。


法事や何かの集まりの時、女の人ばかりが台所で忙しく働き、男の人たちはいっぱい

やりながらずっと座ったままでおしゃべりばかり・・その上、お酒がないぞ~~って、

ただでさえ忙しくしてる女の人たちに命令するんですよね^^;

そして、やっと男の人たちのお膳などを整えたあと、女の人たちと子どもは別の

(台所の)狭いところで料理の余りをいただく・・という構図。

何度も経験しました・・そのたびになんでやね~~ん・・って思いました。

そして、私も母に聞きました・・どうして?って・・そしたら、母もやっぱり

「そういうものだから・・」って言ってました。

そういうものだから・・・


では、今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

我慢をすると我慢の回路が開きます。

ちょっと我慢をすると、もっと大きな我慢をしなくてはいけなくなります。


あなたが我慢してることは、他の人にはわからないのです。

もし、分かっていたとしても、何も言わないからいいのだろうと思います。

だから、あなたが我慢していることが当たり前になってしまうのです。

そして、これくらいは許してくれる(我慢してくれる)んだから、もうちょっと

いいかな?・・と

思い、もうちょっとあなたに我慢を強いて来るのです。

そして、あなたが我慢することが当たり前になってしまうのです。


そうなると、その当たり前をやめるには大きなパワーが必要になってきます。

他の人は、あなたが我慢している状態が普通の状態だと思っていますので、それを

イヤだとあなたが言い出せば驚くし、どうしていまさらそんなことを言い出すのだと

怒ります。

それを予測してしまうと、もっとあなたは何も言い出すことが出来なくなり、ずっと

また我慢を続けるということになるのです。



ですから、小さな我慢のうちに、我慢をすることをやめてください。

あ、これは我慢だ・・と気付いたらすぐにその我慢をやめると決めてください。


そうすれば、我慢の連鎖、我慢の回路を開くことがなくなり、あなたは我慢することも

なくなります。

我慢することがなくなれば、ご機嫌さんでいることが出来ます。


自己犠牲・・などは必要ありません。

自分を犠牲にして(我慢して)人のために何かをする・・それは、反対に人のために

ならないのです。

あなたが自己犠牲を受け入れ、我慢を続けているとそれが習慣になってしまいます。

そして、我慢をしてもらう(自分にとって利益になる、既得権益を持つ)ことに

なった人は、他のひとにも同じようにしてもらえる、してほしいと要求するように

なります。

あの人はしてくれたのに、どうしてあなたはしてくれないのですか?と不満や怒りを

その人に投げかけその人も断れなくなるようになります。

特に、立場が弱い場合は断れなくなるのです。


あなたは自分が我慢すればいい、その時その場の平和が保たれればいいと思い我慢する

ことで、他のひとにもそれを要求していることになる・・ということを分かってください。

あなたが我慢すれば、同じ我慢を他の人もしなければいけない状況をつくってしまう

のです。


それが、いまのあなた達の社会です。

理不尽な要求をされても、その時に波風が立たないように、表面上の平和を保つためにと

我慢して受け入れると、同じ立場の他のひとも同じ我慢を強いられ、それが当たり前に

なって習慣になって、当然のこととして要求されるようになるのです。


言っている意味が伝わっていますでしょうか?

あなたが我慢することは、あなただけの問題ではないということです。

私だけが我慢すればいい・・と思わないください。

あなたが我慢すれば、他のひとも我慢させる状況をつくってしまうということです。


そういうものだから・・思考停止にならないでください。

おかしいと思うことはおかしいと伝え、それは誰かの我慢の上に成り立っているのだと

言ってください。

誰かの我慢の上に成り立っているものは、誰も幸せにはしません。

みんなが同じようにご機嫌さんな状況であることが、幸せな状況なのです。


まわりの人に幸せになってほしい・・と思うならば、まずあなたが我慢することをやめて、

あなた自身がご機嫌さんになってください。

我慢は連鎖します・・その連鎖があるならば、あなたが断ち切ってください。

それが、まわりの人みんなで幸せになる方法です。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。



ありがとう、アシュタール!感謝します。



(ここまで)



確かに私も子供の頃はそういう光景をいつも目にしてました。

お祭り、正月、盆、年末、何かの集会、町内会、法事、結婚式などなど

ほとんどすべてそうでした。

そして父親や母親には「あっち行ってなさい、こんなところに顔を出したらダメ」

「ここは女の人だけなんですからね」と・・・・。

だから、成人してからもそれが当たり前と思うので、何かのそうした集まりには

女性の役割として当たり前のように見ていたし、要求もしていました。

それが今や私がその役目をしてますからね。

とはいえ、それは限られた家庭内のことで、他の場所ですることはありません。

だから、その大変さはよくわかります。

作ったり用意するのも大変だけど、それ以上に大変なのは片づけと食器や鍋などを

きれいに洗うことです。食べた後の作業ったらしんどいなんてもんじゃやないです。

一方ではのんびり食後の娯楽難組を見ている。この落差が大きく気分を落胆させます。

でも、座って見ている方からはそんなことは一切わかりません。何しろ全く眼中に

ないのですから・・・。

だから、我慢の回路にも限界があることを知り、きちんと自分の要求をすべきですね。




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破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:最終判断は、愛・・・」 [アセンション]

破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:最終判断は、愛・・・」



(ここから)

今日の破・常識!



目先の効率、合理性に惑わされないで!

最終判断は、愛!・・・らしい(笑)


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では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

何がしたくて、あなたはいまそれをしているのかを忘れないでください。

あなたは何がしたいのですか?

何かをはじめる時は、何がしたいのかがはっきりしていたはずです。

それをもう一度思い出してください。


どうして自分はこの仕事をしようと思ったのか・・

それを思い出してください。

美味しいケーキを焼いて、人に喜んでもらいたい・・

と思ってケーキ職人になった人は、その気持ちを思い出してください。

経済的なことなど、いろんなことも出てくると思います。

でも美味しいケーキを焼いて喜んでもらいたい・・

という気持ちを忘れなければ、大丈夫です。


近眼にならないでください。

近いところばかりに目を奪われないでください。

近いところばかりに目を奪われてしまうと、

遠くが見えなくなってしまいます。

遠くが見えなくなると、大事なことを見落としてしまいます。

そのためには、自分が何がしたくてそれをはじめたのか?・・

ということを思い出すことが大切になって来るのです。

美味しいケーキを焼いて喜んでもらいたい・・と思って作りはじめたのに、

経済的な効率ばかりに目が行ってしまうと、美味しいケーキではなく

利益が少しでもたくさん出るケーキに変わっていってしまいます。

少しでも原材料費を安くし、人件費も抑え・・

などばかりに夢中になってしまい、

肝心なところがおろそかになってしまうのです。

肝心なところ・・それは愛です。

ケーキに対するあなた自身の愛と、食べてもらえる人に対する愛です。

愛のエネルギーをなくしてしまうと、人は楽しくなくなるのです。

愛の感じられないケーキを食べても、美味しいとは思えないのです。

どんなにきれいに飾っても、美味しいと思えないケーキは

食べたくないのです。そして、人は離れて行ってしまいます。


愛のあるケーキは、見た目はシンプルでもとても魅力的に感じます。

もちろん美味しいと感じますのでまた食べたいと思います。

そしてあそこのケーキ美味しいよと人にも伝えてくれるのです。

たくさんの人が、あなたのケーキを

食べて喜んでくれるようになるのです。


近視眼的には、原材料を安くし、

利益を上げたほうがいいように見えますが、

長いスパンで見ることが出来れば、

それはとても損なことだというのがわかります。


効率的だと思われる考え方は、

実は非効率的な考え方だということです。

効率、合理性・・・そこにばかり目を奪われてしまうと

愛を忘れてしまいます。

愛のないものは、魅力がありませんので人は離れて行きます。

一時的には良くなったように見えても、長くは続きません。

人は、最終的にはそこに愛を感じられるか、

感じられないかで判断します。

一時的に大きくなった企業が、

長く続かないのは愛を忘れてしまうからなんです。


愛のあるところには、人は集まってきます。

無理に形を整えたり、飾り付けたりしたくても、

愛があるところは安心でき、気持ちが良いので

人は自然とそこにいたいと思えるのです。

見た目、形、そして安さではないのです。

安さ、豪華さにひかれたとしても、

愛がなければすぐに飽きてしまいます。

最終判断は、愛なのです。

それの方が、余程効率的だということです。

目先の効率、合理性に惑わされないでください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


確かに料理などは同じ材料を使って作っても作る人によって味は大きく変わります。

もちろん、料理の様々なテクニックも関係しますが、用いる材料をどのように

アレンジするかでも変わってきますが、やはり大きく影響するのは作る人の思い入れ

です。美味しいものを食べたい、あるいは食べさせたい、喜び笑顔が見たい言う

気持ちが料理の味を大きく左右します。

それはなぜなのでしょうか?

足立育郎氏が提唱していた波動と水という内容の本にそれが書かれています。

波動が高い(愛の波動が多い)状態に置かれた水を凍らせると結晶はきれいな正六角

形になり、それがきれいに整列します。反対に波動が低いと不整列となり、結晶の

形も汚くなります。

これは何を意味するのかというと、水の電導度が高まるということですね。

そして、水を通るエネルギーの流れがスムーズになるので、ぞの水の出す波動も

高いものとなり、一緒にいれた具材との親和性が増し、それが美味しさを増すことと

なるのだろうと思います。

したがって、愛をこめて作った料理は本当に美味しいものとなるはずです。

これは料理に限らずすべてのことに共通していると思います。











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