SSブログ

世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:じょうもん時代の高いテクノロジーとは??」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:じょうもん時代の高いテクノロジーとは??」



(ここから)


ワークショップの中で、

じょうもんの人たちは高いテクノロジーをもっていたってさくやさんは

教えてくれたけど、そのテクノロジーってどんなところに使ってたの?

高い建物を作ったわけじゃないし、早い乗り物を作ったわけでもないし・・

だから、高いテクノロジーをもっていたって言われても、なんかピンと

来ないんですよねぇ~~っていうご質問をいただきましたぁ~~^0^


確かに、じょうもんの人たちって土器くらいしかテクノロジーを感じるものは

残してないんですよね。


そこのところ、教えてさくやさ~~ん^0^

「価値観がいまの社会と違うのよ。

方向性がまるっと反対なの。


いまのあなた達の社会で言われている高いテクノロジーって、

自然を人類の都合でコントロールすること、権力を誇示すること、

お互いの争いにおいてどちらのほうが強いかを競い合うこと、の

方向に重きを置いてるでしょ。


じょうもんの子たちの社会は、それとは全く違う方向で、自然と寄り添う方向で

考えていたの。


たとえば、建物もそうね。

高い建物を作ることに価値を置いていなかった。

いまの社会では、高ければ高いほどハイテクノロジーで、素晴らしいとされる。

その建物を作った人の権力の誇示も出来る。


じょうもんの子たちは、地面から離れることを望まなかったの。

地面から離れることは、テラのエネルギーから離れることになると思ってたから。

常にテラのエネルギーを足で感じていたいと思ってたから、高い建物を

建てようとか思わなかった。

もちろん、共有の社会だったから、権力を持った人もいなかった。

だから権力を誇示する必要もないしね。


住むところもそう・・なるべく自然の中、テラが用意してくれた形や気候に

寄り添っていたわ、自分たちもテラの自然の一部だということがわかっていたから。


そしてね、快適という概念が違うのよ。

いまの社会では快適な気温というと、一定の温度に保つことでしょ。

暑いときは温度を下げ、寒いときは温度を上げる・・常に一定の温度の中で

暮らすことが快適な生活だとされている。


でもね、じょうもんの子たちの快適は、その反対なの。

暑い時も暑いなりにそれを楽しみ、その暑い中で吹いてくる涼しい風を感じ、

冷たい水を感じ、それを気持ちがいいと、快適だと思ったってこと。


じゃあ、どこにそんな高度なテクノロジーを使っていたの?・・って疑問に

思うと思うけど、テクノロジーといっても機械的なテクノロジーじゃないのよ。


あなた達の社会でのテクノロジーは、機械の発達を意味するでしょ。

建物もそうだけど、車や飛行機、農業などにも機械的なテクノロジー・・

未来的なSF映画を見ても、空中を飛んでる車とか、別の星に行く技術とか、

自然をコンクリートなどで固め、それを利用する技術とか、気象を操作する機械と

技術とか、バイオなど生命さえもコントロールするとか、兵器とか・・

そのようなものをハイテクノロジーだとしている。


でも、じょうもんの子たちのテクノロジーは波動エネルギーを使う技術なの。

じょうもんの子たちは、波動エネルギーのことをよく知っていたわ。

だから、石のパワーを借りて、いろんなことをしていたの。

携帯電話の代わりにテレパシー、飛行機の代わりにテレポーテーション、

パワーショベル(工事に使う機械?)の代わりに、(工事はしないけど重い

物を運んだりするときに)意識のエネルギー(念動力?)とかね。


それはテクノロジーじゃなくて、超能力?じゃないですか?・・って思うかも

しれないけど、それは超能力じゃなくて、波動エネルギーを使ったテクノロジー

なのよ。

超能力っていう解釈をしてしまうと、超能力を使える人だけが出来ると思って

しまうけど、そうじゃなくてじょうもんの子たちは誰でもできたわ。

それは、特別な人しか使えない超能力じゃなくて、波動エネルギーを使える

技術をもっていたってことね。


金属的な機械を使わずに、意志(思考)のエネルギーでいろんなことをしていた

という違いね。

波動エネルギーのことを理解するには、高度な文明が必要なのよ、

それを使いこなすには、たくさんの知識も必要になってくる。

そして、みんなが同じ知識を共有することも必要よね。


だから、じょうもんの文明はとても高度な文明だったってことになるわ。

形が何も残っていないから、原始的な社会で文明などなかったって思うのは、

テクノロジーに関しての考え方、価値観が違うからということ。


波動エネルギーのことについて何も教えてもらっていないあなた達が、

じょうもんの頃のテクノロジーのことを理解できないのはわかるけど、

じょうもんの頃が原始的で、狩猟漁猟採集だけの社会ではないってことを

わかってもらいたいのね。


あなた達も波動エネルギーのことが理解できるようになれば、

自然と寄り添った形の高いテクノロジーを使うことが出来るのよ。


あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう、さくやさん!

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^


(ここまで)


じょうもん時代のテクノロジーと言うのは今と全く逆のテクノロジーだった

ということですね。

今は物質の便利さをとことん追い求めている世界です。

便利な道具、機械、コンピューター、乗り物などを駆使して文明を構築して

いるのが今の世界です。

そして、じょうもん時代に行っていたことをテクノロジーで達成しようとして

いるのが今の時代です。

じょうもん時代の人々は意識の力で瞬間移動が出来たけど、今の人類は

宇宙船スタートレックに出てくるような転送装置を使って瞬間移動するという

テクノロジーを使います。

そのため必ずそれを実現する機械やマシンがない出来ません。

そして、マシンが壊れてしまえばどこに移動できなくなります。

じょうもん時代の人々は機械やマシンを一切使わず、自分の意識の力だけで

日本の東京の銀座4丁目からアメリカのニューヨークマンハッタンに瞬時に

移動することができたということですね。

おまけに機械やマシンを使わないので壊れるということもありません。


おそらく、その方法は東京の銀座4丁目にいて、ニューヨークマンハッタンの

持つ場の波動をリンクさせ身体を移動させるというものであったと思います。

それはすべてが波動であり、すべてがある固有の波動関数を持っていて

その波動を利用して移動したり動かしたりするというものでしょう。

大きな石も一つの波動を持っています。それを石の持つ波動に共振させて

重さを無くし移動させるというものであったはずです。

それには波動についてよく知っていなければなりません。

同時に意識の使い方も習得していなければなりません。

そういう意味では高度なテクノロジーと言う内容が今と異なるものです。

私たちはテクノロジーと言うと車、飛行機、コンピューター連想すると

思いますが、それとは全く違うテクノロジーだということです。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。