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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:善悪の判断を手放す・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:善悪の判断を手放す・・・」




(ここから)

今日の破・常識!



善悪の判断を手放す。その善悪の概念は、

私たちの小さな社会(檻)の中だけで通用するもの。

小さな社会から出て、大きなところへ移行したいと思うのであれば、

その小さな善悪の判断を手放すといい・・・らしい(笑)



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では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。








「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

宇宙には、善悪はありません。

波動には善悪の判断はありません。

あなた達が考えている善悪という概念は、

あなた達の社会だけのものです。

あなた達の社会だけで通用する考えかたにすぎないのです。

あなた達の言葉にも・・所変われば品変わる・・というものがありますね。

場所が変われば風習や慣習、常識は変わります。


あなた達の小さな世界の中でもそうですね。

ならば宇宙では、もっとそうです。

あなた達の判断のもとである善悪という概念は、

宇宙では通用しません。ですから、善悪で宇宙を、

そして宇宙に存在するすべてを判断しないでください。

善悪で判断してしまうと、もっと迷子になります。

宇宙は善悪では動いていません。

すべては、それぞれの意識なのです。

意識のエネルギーが向かうところに、その意識が見る現実が出来ます。

その現実は、善悪ではないのです。

ただ、意識がどのような世界をつくり出すか・・それだけなのです。

その意識に向かって、あなたの創りだした現実は悪だから

間違っています・・と言える存在は誰もいません。

分かりますか?

すべての意識は自由になんでも創造していいのです。

それが、宇宙を創っている絶対無限の存在の願いなのです。

どんな体験でも、絶対無限の存在にとっては素晴らしい体験なのです。

この体験は善であり、これは悪である・・なんてことは全くないのです。

善がよくて、悪が悪い・・という概念さえありません。

言っていることが伝わっていますでしょうか?

すべては、OKなのです。

愛を体験することも素晴らしい経験であり、

愛から離れることも素晴らしい体験なのです。

どのような体験をするかは、個が決めればいいのです。


あなたも善悪での判断を手放してみてください。

とても自由になれます。

善悪の判断は、あなたを縛るために作られたものです。

善悪と言う判断の基準をあなた達に教え込んでいれば、

あなた達はそれを基準に考えるようになります。

そうすれば、あなた達の思考を操作することが出来るからです。

宇宙にはしてはいけないことはないのです。

何をしてもいいのです。

あなた達が、悪だと言っている行為もOKなのです。

それも絶対無限の存在にとっては、素晴らしい体験だからです。

愛に基づいた体験なのか? 愛から離れた体験なのか? 

それだけです。あなたがどうしたいか・・それだけなのです。

愛を経験したいならば、

愛から離れようとしている存在と離れればいいのです。

方向が違うならば、住み分ければいいのです。

干渉する必要はありません。

お互い素晴らしい経験として、尊敬し、離れればいいのです。


善悪の判断を手放してください。その善悪の概念は、

あなたの小さな社会(檻)の中だけで通用するものです。

小さな社会から出て、大きなところへ移行したいと思うのであれば、

その小さな善悪の判断を手放してください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


この善悪の判断というのは私たちの生活の99%以上を占めていると言っても

過言ではないでしょう。

それだけ、私たちの社会や世界はすべてが善悪で判断されます。

刑罰の基準となる法律もそうです。

あくまでも裁判は個人対個人の善悪の決着がつかないために公的機関にその

判断をゆだねているにすぎません。

宗教もその基準は善悪です。この行為は善であの行為は悪魔に魂を売り渡すものだ

と判断されます。

私たちが日常取っている行為や言動もそうですね。

誰々が悪い、あの人の言い方や行動は悪だと決めつける人もいるほどです。

しかし、こうした善悪の判断基準はどのようにして生まれたのでしょうか?

それは人類誕生のときを考えてみればいいのかもしれません。

人類を創造したのはニビル星人です。

彼らの行動の基準は私たちから見れば悪です。

彼ら自体が波動が低く、争いや憎悪、不安、怖れを好むためにここが出発点に

なります。ニビル星人に創造された初期の人類がもし波動的にニビル星人より

高かったとすれば、そこにはひどい悪はなかっただろうと思います。

しかし、それだとニビル星人は困るわけです。

なぜなら彼らは憎しみや不安・恐怖から生じるエネルギーを好むからです。

人類が平和であればそうしたエネルギーは出てきません。

だから、彼らは善悪の基準を宗教などを通して植え付け、互いに争うように

したものと思います。

善か悪かの状態は波動の軽い重いが関係しますので、善の集団は波動が軽く

悪の集団は波動が重いという事になります。


地球はある意味二極性が共存している世界です。善い人もいれば悪い人もいる

そうした世界です。

ところが宇宙は善悪で判断されない世界であるというのがアシュタールの語る

ところです。

ならば、これをどのように考えればいいのでしょうか?

地球に居たならばおそらく永劫にわからないでしょう。


それは宇宙では善と悪の世界は共存していないという事です。

それぞれがテリトリーを持ち、互いに干渉し合わない世界だということと思います。

しかし、宇宙は広いので互いのテリトリーをめぐっての争いはあるでしょう。

そしてどちらかが消滅することになります。

しかし、消滅してもこの物質世界のことであれば肉体が消滅しても魂は消滅

しないので、再びどこかで再生されることでしょう。

そこで新たに自身の波動に合った世界で活動を始めることと思います。

すべてが循環しています。

ある時期波動が重く悪の世界に居たとしても何かのきっかけで波動が軽い

善なる世界に居ることもあるかもしれません。その逆もあり得ます。


どちらも存在を許されるというのはそのようなことだと思います。

だから、私たちがこれから目指す世界は自分の波動に合った世界に別れていく

乖離の世界です。いずれはどちらかの世界に存在することになり、互いに干渉

し合うこともなくなるだろうと思います。

ゆえに、自分の好きなことをしなさいという事になります。

どちらを選ぶかは個人の自由です。




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