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破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:形にこだわらないで・・・」 [アセンション]

破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:形にこだわらないで・・・」



(ここから)

今日の破・常識!



形にこだわり、形を大切にしてしまうと

窮屈になってしまう・・・らしい(笑)

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今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

何のことにしろ、形にこだわらないでください。

形にこだわり、形を大切にしてしまうと窮屈になってしまいます。

先ずはエネルギーが先なのです。

エネルギーはいろいろな形になります。

決まった形でとどまることはないのです。

常に変化していきます。

形にこだわってしまうと変化を止めることになってしまうのです。

エネルギーを感じて形にする・・

それがいつの間にか

形を大切にすることばかりにフォーカスしてしまい

エネルギーの変化についていけず

訳が分からなくなってしまうことがたくさんあります。


行事、儀式というものもそうですね。

行事、儀式というものは、

最初はエネルギーに対して意味があったのです。

でも、行事、儀式そのものの形にこだわってしまい

最初の意味がわからなくなってしまったのに

代々続いていることだから大切にしなければいけないということで

理由なく、疑問を持ちながら続けてしまっていることが多いのです。

また、権力者たちの都合に合わせて先ず形を作り

そこに無理やり押し込むということもあります。

形だけを追求してしまうと、エネルギーとフィットせず

とても苦しいことになるのです。

形にこだわってしまうと我慢をしなければいけなくなります。

不自由になってしまいます。

自由な変化が出来なくなってしまいます。

そして、形しか見えなくなってしまうのです。

形だけを見てしまうと、エネルギーそのものがわからなくなります。

だから、ますます形にこだわるという悪循環が起きて来るのです。


もっと柔軟になってください。

形は変わるものだということを、柔軟に受け入れてください。

そして、押し付けられた形に自ら合わせようとしないでください。

あなたのエネルギーを感じ、自分のエネルギーにとって

この形はどうかを感じてください。

この形は自分のエネルギーには小さすぎる

四角すぎる、丸すぎる、苦しい、窮屈だと感じるならば、

形を変えること、その形から出ることを怖がらず

気持ちのいい自由な形になってください。


形はたくさんあります。

社会全体がひとつの形になる必要はないのです。

そんなことは出来ないのです。

昔からの伝統は変えてはいけない・・というのは

形だけにこだわっているということです。

もしそのような形があるのならば、その形がエネルギーに対して

どういう意味を持っているかを考えてください。

その儀式がいま意味を持ってなされているのかを

考えてみるようにしてください。

たとえば、地鎮祭などのような儀式です。

あの儀式は、異次元の存在に対しての儀式なのです。

最初は、異次元の存在に対しての礼儀としてはじまりました。

そのうち異次元の存在の排除へと

エネルギーは変わって行きました。

そのことを理解してなされている方が

どれだけいらっしゃるのでしょうか?

ただ、伝統だからと形だけを真似てやっている方が

たくさんいらっしゃると思います。

お墓というものもそうです。

ただ形を追求しているだけのことです。

その形を守るために、いま現在生きている人たちが縛られ

不自由な思いをするということはナンセンスなことだと思います。

形が出来るのは仕方がないとは思います。

でも、形にとらわれないでください。

柔軟に変化することを楽しんでください。

そして、その時のエネルギーとフィットしているかどうかを

常に感じていてくださいね。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール! 


(ここまで)


最近は葬式も簡単に済ませる直葬にする人が増えてきているそうです。

要するに通夜や葬儀・告別式を行わず、火葬のみを行うものです。

火葬式(直葬)は実際にこのような方々がを選択されることが多いです。

その理由は

・高齢で亡くなったため葬儀・葬式に呼べる人が少ない
・身内のみの少人数で故人を送りたい
・とにかく葬儀・葬式を安い費用で済ませたい
・親戚や知人が少ない
・従来のお葬式の形式にこだわらない

のようですが、安い費用で済ませたいのと、高齢だと知人・親戚などが少なく
人が集まらないからですね。

だから、お寺さんが困っているという話がネットでよく見られます。

これからはお寺の存在意義が次第に失われて行くので、こうしたひとつの形の

終わりが出て来る傾向が強くなるでしょう。

ただ、参列者の反感を買ったり、お寺に納骨出来ないなどのデメリットもある
ようですので、ケースバイケースで選ばれた方が良いですね。


でも、今ではお寺とか神社というのはかなり形がい化してきていて、その存在
意義も薄れてきているように思います。












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