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破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:過去は記憶、未来は予測・・・」 [アセンション]

破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:過去は記憶、未来は予測・・・」




(ここから)


今日の破・常識!



過去はただの記憶にすぎず

未来は予測に過ぎないということ・・・らしい(笑)


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今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなたがいつも頭の中で考えていることは、幻なのです。

過去はただの記憶にすぎず

未来は予測に過ぎないということです。


あなたの現実は、いまあなたの目の前にあるものだけなのです。


あなたが家族のことを思っていたとします。

朝出かけて行った子ども・・

その子はいまあなたの現実にはいないのです。

でも、ちゃんと現実の中にいます・・

その証拠に朝ちゃんと送りだしのですから・・と思うかもしれませんが

その子はいまはあなたの頭の中の記憶なのです。


分かりますか?

あなたは子どもの記憶を思い出しているだけなのです。

本当の子どもは、あなたの現実とは関係ないのです。

でも、学校に行っています・・いまは目の前にはいないけど

でも学校にいるのですから子どもはいます・・

と思うかもしれませんが、それはあなたの予測なのです。

難しいですか?


子どもは学校にいる・・それはあなたが予測しているだけなのです。

もしかしたら、学校に行かずどこかで遊んでいるかもしれません。

でもそれはその子の現実であって

あなたの現実には関係ないのです。

でも、帰ってきます・・そうですね、

帰って来て、あなたの目の前に出て来て

はじめてあなたの現実になるのです。



アシュタールは何が言いたいのでしょうか?

見えない?

いまあなたの現実に存在しない人を考えても仕方がないということです。

あなたの現実は、過去でも未来でもなく、いまここにしかないのです。

頭の中の幻を信じて、感情を動かしても仕方がないということです。

子どもがもしかしたら学校に行かず、どこかで遊んでいるんじゃないか?

・・と心配しても仕方がないということです。

その学校に行かず遊んでいる子どもは、

あなたの頭の中だけの幻なのです。

実際の子どもは、遊んでいるかもしれないし

学校に行ってるかもしれない・・

それはその子の現実であなたには関係ないのです。

それなのに、学校へ行かず遊びまわっている子どもの幻を頭の中で作り

それに対して心配したり、気をもんだり、

怒りを覚えたりしても仕方がないのです。

本当かどうかもわからないことで

感情を動かす必要はないということです。

幻を追って、意味も解らず不機嫌になる必要は無いのです。


分かりますか?

子どもが帰って来て、あなたの現実に入ってきてから

その子どもと話せばいいのです。

でも、子どもが帰ってきていないうちから、あなたが幻?妄想?で

感情を揺らし、いらだっていたらどうでしょうか?

帰って来るなり・・あなた、今日何してたの?・・

と問い詰めることになってしまいます。

自分の妄想で子どもを叱ってしまうことになるのです。


子どものことではピンと来なければ、

パートナーの浮気?ではどうでしょうか?

パートナーが浮気しているかもしれない・・と思うとき

同じような状況になるのではないですか?(笑)

自分が見ていないところで何をしているかわかったもんじゃない

・・と、確信もないのにイライラすることはないですか?

いつもより遅い・・どこかで誰かと会ってるんじゃないかしら?

・・と妄想し、感情を揺らしイライラしながら帰りを待つ・・

帰って来たら問い詰めてやる・・

そんな気持ちで迎えたらどうなるでしょうか?

ただ仕事で遅くなっただけなのに、浮気?前提で

怒りをぶつけられたらどうでしょうか?

怒りをぶつけなくても、なんだかプンプンしたエネルギーを

出されたらどうでしょうか?

そのイライラは、あなたの頭の中のただの幻、妄想なのです。

それを分かってください。

目の前にある現実だけが、あなたの現実なのです。

帰って来る(あなたの現実に入って来る)までの

子どもやパートナーは、あなたとは関係のないところにいるのです。

だから、目の前で何も起きていないなら、それでいいのです。

目の前で起きていないことまで、妄想し

感情を動かす必要はないのです。

目の前で起きていることがご機嫌さんなら、それでいいのです。

目の前で起きていることが平和なら、そのままでいいのです。

あなたの関係のない現実にまで

フォーカスしようと思う必要はないのです。

もし万が一、子どもが学校に行ってなくても

もし万が一パートナーが浮気をしていても

あなたの目の前の現実になければ、

それはあなたの問題ではないのです。

勝手に妄想して、不安になったり、心配したり

怒ったりする必要はないのです。


目の前にある現実以外のことを妄想しなくなれば、

あなたの現実は平和なものとなります。

あなたの頭の中が平和になるからです。

思考が先、現実があと・・

あなたの思考が平和になれば、現実も平和になります。

頭の中で幻を作り(妄想し)感情を揺らし

平和でないから平和な現実を創造出来ないのです。


子どもやパートナーのことを例に出しましたが・・

他のことも同じです。

お金のこともそうです。

いま何も困っていないのに、月末の支払いのことを考えて

(妄想して)心配になったり、不安になったりする必要はないのです。

その妄想を信じて?感情を揺らすから

そのような現実が実際に出来てしまうのです。

いま困っていない・・それでいいのです。

そう思って平和でいれば、次の現実も平和なものとなるのです。

何も困らない現実をずっと創造することが出来るのです。


でも、必ず支払いはしなければいけませんよね・・

そんな悠長なことを言ってられないでしょ・・

とあなたは思うかもしれませんが、出来るのです。

大丈夫、いま困ってないから・・だから、いつも困ることは無い

・・と本当に信じることが出来れば、

心配しなくても支払いに困ることは無いのです。

大丈夫、私はパートナーや子どもと平和な関係でいられます・・

と本気で思うことができれば、

パートナーや子どもと平和な関係でいられるのです。

それを阻止してしまうのが、あなたの頭の中の幻

妄想だということを分かってください。

あなたが現実にないことを、妄想するから

それが現実になってしまう・・ということです。

妄想を止めるには、いまあなたの目の前にある

現実だけにフォーカスしていてください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール! 


(ここまで)


過去は記憶、未来は妄想?

となるのでしょうか?

妄想は少し言い過ぎかもしれませんが、外れてもいないはずです。

今の現実は今自分が実際に見ているものしかなく、それ以外は存在しません。

ただ、視点を変えて見ることでそこに現実が現れます。

この3次元の世界はそうした形で創られているようです。


見るもの、触るものが固体であれば触ってみれば触れて確かめられますが

遠くに見える森や山、あるいはビルディングなどは触れることは出来ません。

もしかしたら、それは眼に見えているだけで実際には映像だけなのかもしれません。

ただ、実際に自分の足で歩いてそこに行きつくことで森だったり、ビルディングで

あることを触れて確かめられる。

そうした蜃気楼のような世界に私たちはいるようです。

すべてがそうです。

自分の眼で見て触って確認できるものだけがすべてです。

それ以外は存在しないに等しい。

確か以前にもアシュタールは述べていたと思います。

自分が見えている世界がすべてだと。

部屋の中にいても閉じられたドアの外は存在しないことと同じ。

ただ、自分が部屋の外には廊下があり階段が通じていると思っているだけ。

ドアを開けて初めて廊下と階段が姿を現すだけ・・・。

実際には存在しない。


これはホログラム世界と考えれば理解できるかもしれません。

パソコンの中のシミュレーションゲームと同じでパソコンのモニターの中には

広大な世界があるように見えてもマウスを使って移動して初めて新しい空間が

現れます。それと同じですべてが超精密なホログラムの世界が今の現実です。


だから、過去は存在せず(タイムマシンや似たような装置を使えば見たり行ったり

出来るとは思いますが)、今の私たちには記憶の中にあるだけ。

実際には存在しない世界です。


しかし、ホログラムと考えればタイムマシンで移動することで自分の意識でその

時代のホログラムを呼び寄せて体験することも可能かもしれません。

しかしながら、その過去の世界は自分が体験したものとは少し違うかもしれません。

なぜなら、そこに存在することで過去の世界が少し変化するからですね。

それはまるで枝分かれした無数の世界を新たに創っていくのに似ています。

だから、その過去の世界と今ままで自分が存在した現代とはつながりはありません。

あくまでも過去は過去です。


未来もそうですね。

私たちが予測したことが未来として頭の中に出て来るだけです。

しかし、想像したような未来になるかもしれません。

それは自分で未来を創れるからです。


未来は新たに創りだすためにあるもので最初から存在しているものではないようです。

タイムマシンで未来に行く物語もありますが、あれはあくまでも別の存在がたどった

未来の世界であり、私たちがこれから体験する未来ではありません。

また、未来の創造には私たちの意識が大きく関与するので考え方次第で未来は幾重にも

変化していきます。

だから、決まった未来はなく、自分の下した決定の数だけ未来が創り出されます。

なぜ、こうなっているのだろうかと考えたときがありますが、それは新たな体験を

することと私たちが他の存在とは違った進化をしていくためだと思います。

また、私たちの最大の特権は選択の自由があることです。

それが未来を決めていくので個人個人で未来の世界は無数に異なるはずです。


でも、いつもと変わらないような感じですが・・・。

と思うかもしれませんが、それは共有意識が働いているので似たような世界が続く

だけで、細かい部分では異なっているはずです。

他の人と同じ未来は二つとは存在しないと思います。


また、話が長くなりますのでこの辺で・・・。





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