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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:お墓のために人生を我慢する必要はないのです」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:お墓のために人生を我慢する必要はないのです」




(ここから)


お盆が近くなってきているということで、お墓詣りに行かれる方も

いらっしゃると思います・・・

ということで、またアシュタールからの衝撃的なメッセージをどうぞ^^

「こんにちは こうしてお話出来ることに感謝します。

お墓には何もありません。

お骨があるだけです。

そこには何もエネルギーはないのです。


お骨があります・・だから、そこで故人を偲ぶことは大切なことなのです・・

と教えられていますが、それは真実ではありません。

お骨に故人のエネルギーはありません。

なくなった方のエネルギーは、絶対無限の存在に戻っています。


お骨が故人ならば、その方はずっと永遠お墓の中にいることになります。

それはどうでしょうか?

何代も何代も前の方が、ずっとそこにいる・・ちょっとイメージしただけで

????って思いますね?

お墓の中に閉じ込められてどこにもいけない状態だということになりますね、

それはとても悲劇ではありませんか?

イヤですね?


お墓の中に故人がいるという考え方は、そういうことになるのです。

だから、そんなことはありません。

だから、お墓に対してそんなにセンシティブになる必要はないのです。

ましてや、先祖代々の墓を守るために、いま生きている人の人生を決める

(お墓を守るために結婚することが出来ないなど)ということはナンセンスなのです。


でも、アシュタールはすべては波動エネルギーで、物質にも個性がある、

というではないですか?ならば、お骨もその人の個性のエネルギーが残っている?

のではないですか?・・というご質問があるようですが、お骨には個性の

エネルギーはありません。


物質には個性のエネルギーが入っています。(個性のエネルギーがその物質を

創り出しているのですが・・・)

植物になりたいと思った個性のエネルギーが植物の形を意識で創って

いるのです。

机などもそうです。

机の形を作った人のエネルギーも乗りますが、机という物質の体験をしたいと

思った個性のエネルギーが机そのものになったのです。

難しいですね。



そして、すべてのエネルギーは循環しています。

変化しています。

ですから、人で説明しますと・・・

身体という物質の中に入っていた個性のエネルギーが抜けると(死ぬと)

物質が残ります。

それは、個性のエネルギーが抜けたので、形だけが残ったということです。

物質世界では、個性のエネルギーが抜けたら抜け殻?が残ります。

個性のエネルギーとともに消えてしまことはないのです。

そのように共有意識で決めているからです。


個性のエネルギーが脱いだ身体は抜け殻です。

そこにはエネルギーはないのです。

ですから、今度はその物質を循環させる方向へ向かいます。

それは、テラの循環システムなのです。


物質を分解し、また違う物質に循環させ、新しい物質を創造するのです。

人間以外の動物や植物たちは、その循環の中にいます。

小さな動物の身体を栄養としている動物は、その小さな動物の物質の身体を

自分に融合させて生きます。

そして、今度その動物が身体を脱いだら、それをテラの上の微生物たちが

物質を分解し、植物たちの栄養になるようにします。

その植物たちを草食動物が自分の身体に取り入れ融合し(食べて)生きます。

そのように、個性のエネルギーが脱いだ物質もテラでは循環して、別の形に

なっていくのです。


そのような循環を受け入れられないのは人類だけだということになります。

すべては、生まれたら死ぬ(枯れる、壊れる)のです。

だから、循環が起きて、すべての存在が生存出来るのです。


個性のエネルギーが抜けると、その物質にはエネルギーは残りません。

エネルギーが残っていない物質は、分解の方向にいきます。

そして、それがまた新しい個性のエネルギーによって物質として創造されるのです。


だから、お骨にはエネルギーはありません。

故人のエネルギーは何も残っていないのです。


お墓には何もいません。

ですから、お墓のために人生を我慢する必要はないのです。

お墓詣りということで、たくさんの方が集まり、楽しい時間を持つことを

イベントとして楽しむのはいいと思います。

でも、そこに我慢は必要ないのです。


そして、お墓参りやお骨や位牌?に何か食べ物をお供えしなかったからといって

ご先祖さまが祟る?怒って何か意地悪をする?などと言うことはありませんので

安心してください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。


(ここまで)


今日は墓参りに行ってきました(笑)。

遠方に住んでいる義理の兄貴が毎年この時期になると「何日に行くから」と電話を

かけてくるのでお付き合いしています。

まあ、いろいろな近況を聞けることもあるので無下に断ったりはしてません。

しかし、内心では必要ないものと思っています。

うちの親も笑いながら文句言ってました。

「お盆だからと特別なことをしなくていいというから・・・」と

以来、盆飾りやお供え物をあげるのはすっかり簡素になりました。


ただ、アシュタールの語るようなことを知らない人はこれまでの風習にすっかり

はまってしまっているので、かなり盛大にやっているところもあるでしょう。

でも、若い人はもうそこまでしていないと思います。

時代は次第に変わってきていて、今までの様な風習にとらわれない人が

増えてきていると思います。





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