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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:それは僕(しもべ)の考え方です」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:それは僕(しもべ)の考え方です」




(ここから)


ある鉄道会社の電車広告の写真を見たんですけど・・

ものすごい違和感を感じたミナミなのです。

見る方によって、それぞれ意見はあるとは思いますが・・

イヤぁ~~、私には違和感?しか感じませんでしたです。

(軽くバカにされてるのかな??・・ってね、思ったよね、私は!)


電車に乗ってえらい!

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出勤してえらい!
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今日は職場に着いた時点で満点なんだよ~、まことに見事!

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ごはんたべたの?えらい!

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癒される~っていうご意見もあるみたいですが・・・


これでいいのか?。。大人たち。。


・・ということで、今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

人から褒められようと思わないでください。

褒められるために、褒められることをしないでください。

褒められたいからする・・それは僕(しもべ)の考え方です。


あなた達は、小さなころから教育で褒められることが良いことだと教えられて

来ました。


勉強してえらかったね、

お手伝い出来てえらかったね、

我慢出来てえらかったね、

人のために何かをしてあげられてえらかったね、

泣かないでえらいね、

先生、言うことをきけてえらかったね、

お父さん、お母さんの言いつけが守れてえらかったね、


・・すべて、えらいね、という言葉で操作されてきたのです。

えらかったね、いい子だね・・という誉め言葉をもらうために行動するように

なってしまっているのです。


自分で考え、判断するれば、叱られることもある。

ならば、えらかったねと褒められることを選択したほうがいい・・という

思考になってしまっているのです。


そして、積極的にえらかったねと言われる行動をするようになります。


そして、えらかったねと褒められないと不安になってしまうのです。

そして、もっと褒めらるはずの行動をしようとします。

あなた達の判断に基準は、褒められる(評価される)かどうかになってしまって

いるのです。



褒められる、良い評価されるという承認欲求が強くなります。

褒められればホッとします。

間違ってはいなかったと安心できるのです。


ですから、自分で考えることをやめてしまいました。

思考の停止状態になってしまっているのです。


アシュタールはイヤなことを言いますね。

でも、ここに気が付かなければ、ずっと僕(しもべ)のままでいることになります。


あなたの権利をずっと支配者たちに渡してしまうことになるのです。

ずっと、権力者(支配者)の顔色をうかがい、彼らが褒めてくれるように行動し、

褒めてくれるのを待つことになってしまうのです。

もっと言うと支配者だけでなく、まわりの人すべてに褒めてもらいたいと思うように

なるのです。

常識的な行動が出来てえらいね、

こんなことが出来てえらいね、すごいね、

人に親切に出来てえらいね、すばらしいね、

などなど、褒められたいという気持ちが大きくなっていくのです。


それが高じてくると・・

常識的な行動が出来ない人は、えらくない人だから、しっかりと注意して

あげなければいけない・・・となっていくのです。

そうして、お互いを監視しあうような風潮が出来てくるのです。


話がそれましたのでもとに戻しますね。


褒めるのは自分だけでいいのです。

自分はすごい・・と自分を褒めてあげてください。


あなた達は反対のことをしています。

自分で自分のことを責め(できない、ダメだ、)そして、他の人から褒めてもらおうと

しています。

まったく反対なのです。


人の評価は関係ありません。

人があなたに対してどう思おうと、あなたにとってはどうでもいいのです。

それはその人の考え方であって、あなたには関係ありません。


あなたが気にしなければいけないのは、あなた自身です。

あなた自身が何を思い、何を感じ、どうしたいのか?・・

それが一番大切なことなのです。


人からお仕着せに褒められるより、自分が満足できることをして、

自分を褒めてあげてください。



あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。


(ここまで)


日本人は概して褒めることが不得手な民族ですが、それでもいい子になろうとして

褒められることを望む習性が出来ています。

そして、その褒めてくれる人は?

と言うと、一様に目上の人だろうと思います。

学校であれば先生

会社であれば上司

自分が課長だったら部長や専務

スポーツ教室であればその教室の先生

お稽古事でも同じです。


かように、いつも目上の人の評価を気にするように飼いならされているということすら

気づかない状況になっています。

そして褒められたいという願望もそこにあります。

褒められると自分が周りよりも数段上のところにいるという優越感と満足感に

ひたれるからですね。


私の趣味であるカラオケでもそうです。

私はいつも仲間の歌った歌を聴いて、ここはこれがいけないとか悪いとか

評価することがあるのですが、ある人から「どんなときでも褒めないとダメなのよ」

と言われてしまいました。

少し辛口なのかもしれませんが、それはそれでメンバーの歌も日々上達しているので

それでいいような気がします。

もちろん、辛口評価だけでなく、良い時は「良かったよ」と言ってますので

私はあまり気にしてません。


なんでも良いと言ってしまうと、悪くても上手くなくてもそれでいいと思ってしまうので

多少はそういう部分は必要なことと思います。

しかし、だれかれと言うわけではなく限られたメンバーだけのことですので、それくらいは

許してもらえるでしょう。






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