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カモでも寒い時は寒い!よくわかります。その気持ち [おまけ]

冬の池でも泳ぐカモって寒さに強いと思ったら、意外や意外!





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今の労働者の置かれた立場、誰が喜んでいるのか? [政治・経済]

まさにこの動画の中で言われていることが現代社会で労働者が置かれている環境です。

私たちはなんのために働いているのでしょう。









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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:誰が作ったかわからないような制度・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:誰が作ったかわからないような制度・・・」



(ここから)

スプツニ子! 「戸籍」はアジアの父権社会が作ったもの

すっごく興味深いコラムです^0^


「ストレート同士の同性パートナーシップ」。

別に同性愛者でなくても、同性パートナーシップを結んでいいのでは

ないかと思っています。

女性の友達同士で、それぞれの彼氏だったり、精子バンクの子どもを産んで、

母親2人(数人でも)で協力して子どもたちを育てるという家族の形です。

その選択肢で幸せになる人が増えるなら、いろんな新しい家族のあり方が

広まってもいいんじゃないかな、って感じています。


・・だよねぇ~~・・


生き方って本当に人それぞれなんで、自分に合わない枠に無理やり自分を

はめ込んで苦労するより、自分に合った家族の形を選んだほうが

いいんじゃないでしょうか!


・・・ホント、ホント!!って何度も頷いたミナミなのでしたぁ~~


ということで今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^




「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

家族があるから家族になるのではありません。

好きな人、一緒にいたい人が集まるから家族になるのです。

(家族という言葉をつかってしまうと、すごく狭義な感じになって

しまいますが・・)


家族という概念を外してしまうとどんな形にでもなります。

いまの社会システムの基礎は家族だと思われていますが、

社会システムの基礎は個人です。

個人がどの人とどういう生活をするか・・それが基礎なのです。

形で決めるものではないのです。


家族という単位はいらないのです。

家族という単位で考えるようにミスリードしていけば、

個人が自由に生きることがなくなり管理しやすくなるから

支配者たちが家族の概念を強めたのです。


男女の両親がいて子どもがいるのが家族のモデルケース。

そのモデルケースに合わせて人々が動く必要はないのです。

でも、制度に入らなければ国?政府?の援助?恩恵?を受けられ

なくなってしまう・・と不安に思わなくても大丈夫です。


人々が刷り込まれた家族のモデルケースに興味を失っていけば

国?政府?の方がそれに合わせざるを得なくなってきます。

婚姻関係にならなくても(結婚しなくても)事実婚と呼ばれる

形態が増えて来ています。

事実婚が増えてきているので、少しずつ制度も変わりつつあります。

結婚しているのと同じような制度を受けることが出来るように

なって来ています。

国が引いた線路?(押し付けの制度)に満足できず、そこから離れ

ようとする人々が増えてくれば、いままでのように国に合わせなさいと

いうことが出来なくなり、国がその流れに合わせざるを得なく

なってくるということなのです。


これが国民に主権があるということなのです。

デモをするわけでもなく、個人が私はこの制度が気に入らないから

その制度はいりませんと個人個人が決めて動くと流れが変わって

行くということです。

分かりますか?


ひとりひとりの思考が変わり、価値観が変わっていけば国、政府の

リーダーたちは何も出来なくなるのです。

ちょっと極端な話になりますが・・庶民?国民?みんなが結婚を

しなくなれば結婚制度はなくなります。

名前は残ったとしても有名無実なものとなってしまうのです。

どんなに結婚しなければいけないのですとリーダーたちが叫んでも

庶民たちが動かなければ結婚制度はなくなって行くのです。


これは結婚制度だけではありません。

すべてにおいてそうなのです。

国、政府、役人、政治家が庶民をリードしていると思っているから

その人たちのいうことを聞かなければいけないと思ってしまうのです。


反対に考えてください。

庶民の思考が先です。

庶民がその制度はいらないと思ってその制度を使わなくなれば

いくら国、政府が制度を作ったとしても有名無実なものとなって

何も効力を発揮しないのです。


国があるから庶民がいるのではありません。

組織があるから個人が生きられるのではないのです。

個人が集まって組織になる・・それだけなのです。

だから組織がトップダウンで決めるのではなく、個人個人が決めた

ことが組織の中で通用していくのです。


何かの組織の中にいて、自分と価値観の合わない制度が出来

それを強要されるならば、あなたはイヤだと思って組織を抜けますね。

国も同じです。


話しが逸れてしまいましたが、誰がつくったかわからないような制度を

見直してみてください。

あなたはその制度を必要としますか?

あなたにとってその制度は満足できるものですか?

もし、その制度が気に入らないと思うならばその制度の概念を

手放し、あなたが気に入る形にして行ってください。

そうすれば社会が変わっていきます。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。


(ここまで)


年末に義理の兄が亡くなり法要に行ってきましたが、最初は遠隔地のため

向こうで済ませてくれればと思い、その気でいました。

随分冷たい性格ですね(笑)。

まあ、向こうでもそれを望んでいたので合わせたつもりですが・・・。


しかし、翌日電話があり、死亡届が出せないと言うのです。

なぜかと言うと連れ合いが籍を入れてなかったので親族扱いされず

死亡届にサインできないと言うのです。


私は内縁の妻であっても(毎年、お盆には二人そろって来ていたので当然入籍を

済ませていたと思っていました)死亡届は出せると思っていましたので、驚き

ましたが、世間一般常識なんでしょう。


でも、これっていくら生活を共にしていても国の制度上籍を入れないと親族と

見なさいということで、入籍を強要していることになります。

よく裁判争いでは内縁の妻の権利が認められることがあるので、私としては

内縁の妻にも当然権利があるものとばかり思っていました。


そうした次第なので、車で雪の積もった高速道路を冷や冷やしながら飛ばし

無事着きましたが、途中で思わず死にそうになりましたから何があるか本当に

わからないものです。


地方なので高い山の山間部の高速道路は道路の両端が小高い丘のようになって

いる部分がところどころにあります。

その部分に差し掛かった時に上から雪崩のように雪がどさっと降って来て

数秒間前が真っ白になり視界ゼロになりました。後ろから後続車が1台ついて

来ているので急ブレーキもかけられず軽くブレーキをかけました。

数秒間真っ白な状態が続き、視界が晴れたときに高速道路の左側にある避難場所

の中に車が入っているのに気づき、10メータくらい手前でハンドルを右に切り

通路帯に戻れましたが、雪崩による視界不良が後1秒長かったら道路端に衝突

して、後ろの後続車とのサンドイッチになっていたことでしょう。

本当に何があるかわかりません。幸いでした。


話が脱線しましたが、日本の法的制度はほとんどが婚姻している人に有利になる

ように出来ています。つまり、独身の人は妻帯者より多くの税金を取られ、公的

機関による福利厚生も少なく、結婚しろと言われているようなものです。


しかし、結婚すればしたでその制度にがんじがらめに縛られ自由にならないことが

数多くあります。

今は独身者が増え、同時に結婚する人が減り、子どもの数も年々減少してきていて

結婚と言う制度に対する問題点が浮き彫りにされるようになってきました。

国が大家族から核家族へと法的にも流れるように制度化を進め、同時に女性の

社会進出を推し進め、労働力の確保と税収の拡大に力を入れてきました。

しかし、それが結局は晩婚化と少子高齢化に拍車をかける結果となり、社会的

経済規模も縮小してきました。

国は、国の発展と言うよりいかに彼らの支配権と収益を大きくするかに重点を

置いてきたわけですが、その弊害が今問われようとしています。

これまでの政策が大きな間違いで会って国力の衰退を招いていることに気づき

方針の大きな転換をして欲しいものです。

同時に結婚制度を自由な婚姻が可能なもっと緩やかなものにしていくべきだと

思います。














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破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:次は自分の番!」 [アセンション]

破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:次は自分の番!」



(ここから)


今日の破・常識!



誰かから奪うのが、次は私の番・・ではありませんbyアシュタール


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今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなた達は物質は有限だと教えられています。

有限ですから、その中では取り合いだと考えてしまうのです。

だから、誰かが得をすると自分が損したような気がしてしまうのです。

だから、誰かのラッキーをよかったねと思えなくなってしまうのです。

違うのです。

有限ではなく、無限なのです。

物質もそうですが、あなたの現実に入って来るものすべては

あなたが創りだしたものなのです。

この世は取り合いではありません。

決まった数の中で、取り合っているのではないのです。

あなたに必要なものは、あなたが自分で創りだせるのです。

それを教えてもらっていないので

あなたが望むように創りだすことが出来ないだけなのです。

イメージさえ出来れば、あなたもそれを創りだすことが出来ます。

そのイメージを見せてもらえることに感謝してください。

あなたの現実の中で、何か良いこと、ラッキーなこと

夢を叶えた人が現れたら、あなたにも出来るということなのです。

出来るということを見せてもらえたのですから、

次は私の番なのです。

分かりますか?


誰かから奪うのが、次は私の番・・ではありません。

そう考えてしまうから、素直に喜べなくなってしまうのです。

良いことが起きた人は、自分や誰かの分をとったのだ・・

と思ってしまうと素直によかったねと思えなくなるのです。

そうではなく、そのラッキーな人を見ることで

自分も出来ると思えるのです。

あの人が出来た(自分で好きな現実を創造出来た)のだから

自分にも出来る・・次は自分がそれをする番・・だと考えてください。

そうすれば、素直に次は私の番・・という言葉が出ると思います。

こころからそう思えると思います。

出来るということを見せてくれる人が

あなたの現実に出て来たということは、

あなたにも出来るということを教えてくれているのです。

教えてくれた人に感謝してください。

そして、次はあなたの番なのです。

理解していただけましたでしょうか?


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール! 

(ここまで)


物は有限ではなく、無限に存在すると考えてもいいくらいでしょう。

テレビやビデオもメーカーが製造してますが、その数は有限です。

しかし、自分の視点から見れば無限と言えるほどあるはずです。

問題は自分がそれを手に入れられるかどうかです。

友人が新しい大型テレビを購入して毎日優雅な気分に浸っていると

聞けば、自分の持っているテレビはいまだに32インチで、かっては

これでも大型だったのに、今はかなり見劣りするものです。

それを考えただけで憂鬱な気分に襲われ、大型テレビを買えた友人が

とてもうらやましく思えてきます。

そして、自分には大型テレビを蹴る余裕もないし、ましてや置くだけで

部屋が狭くなって買うこともできないと思うでしょう。

ある意味、それは妬みですね。

もしかしたら、大型テレビが買えた友人が不幸になればいいと

思ってしまうのでは?(笑)。


でも、テレビが買えた友人をいくらうらやんだとしても、自分が

そうなるとは限らないのです。

むしろ、どうしたら自分にも手に入れられるようになるのかと

考えてみることが大事なポイントで、まさに友人にも買えたんだから

私だって・・・。と考えるようにしないといけないということです。

そう考えられれば、いくらでもその機会は巡ってきます。

あまり給料も多くない仕事だったのに配置転換でいきなり昇級して

給与が増えるということだってあり得ます。

そうした場合にはテレビが買えるくらいになるように頑張らないと!

という前向きの気持ちがそうしたチャンスを呼び込むことだって

あり得ることです。

ただ、注しないといけないのは、この世界の流れは遅いので気持ちを

切り替えたんだから、明日にでもテレビが買えるかもしれないと思う

のは早計でしょう。

現実化には多少の時間がかかります。

でも、そうだとしても現実化を早めるためには人の力を借りると

少しは早く買えるようになると思います。

やり方と考え方次第ですね。


次は自分の番!と思えば、現実の環境も少しづつ変化していきます。





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オレンジャーからのメッセージ「平和を守る」 [アセンション]

オレンジャーからのメッセージ「平和を守る」



(ここから)


おれはオレンジャー!

平和とは
成し遂げる
ものではなくて
守り続けるもの

一度平和な状態を
実現したとしても

そのあと
平和を持続する
努力をしなければ
平和は崩壊する

この世界に
存在するものは
不変なものはなく
すべて変容し続ける


平和という
ゴールを切れば
それで終わりという
ものではない

ゴールを切った
瞬間から
新しい状態を
維持し続ける
活動がスタートする

平和を守るためには
一時的に平和状態を
実現しようとする
ことだけでは不十分

日常生活の中で
平和とは何かを
みんなで問い続けて
その状態を維持するために
できることを実践し続ける
不断の努力が必要

誰かによって
創られた平和を
受け取るのではなくて

あなたにとっての
平和とは何かを
問い続け、維持し続ける
その覚悟が必要

あなたにとっての
平和とは何か

その平和のために
あなたが
していることは何か

是非問いてみてほしい

今日はこんなところだ
じや!

(ここまで)



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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール: 戦隊ものや仮面ライダーが好きなのですが・・・ 」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール: 戦隊ものや仮面ライダーが好きなのですが・・・ 」



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子供が戦隊ものや仮面ライダーが好きなのですが、

それもやはり洗脳しようとしているのでしょうか?

なぜ、男の子は戦隊ものが好きな子が多いのかも不思議です。

やはり見せないほうが良いのかな?

でも好きそうだし…


というご質問をいただきました^^


これはどういうこと?教えてアシュタールぅ~~^0^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

カッコイイですからね、それに派手ですし・・

子どもたちが夢中になるように作られています。

勧善懲悪という単純なストーリーも受け入れやすく、

思考停止になりやすくなります。

単純にこれが悪、これが善というストーリーですね。

これを繰り返し見ると善悪の判断がとても単純になってしまいます。

そして、善は悪に対してどのようなことをしてもいいという

思考になってしまいます。

これは子ども番組だけではなく大人のドラマ、映画でも同じです。

時代劇などのストーリーも勧善懲悪の単純なストーリーです。

悪い権力の使い方をしている権力者(代官など)に虐げられている人が

別の良い権力(副将軍や将軍の息子や親せきなど)を持った人の力を

借りて(助けられて)幸せになるというストーリーですね。

単純なストーリーを繰り返し見させられると思考停止になって

しまいます。


映画も勧善懲悪(善と悪の戦い)ものが多いのです。

娯楽作品としてとても楽しく作られています。

何げなく見るには楽だし、派手だし、楽しいと思います。

でも、そこには支配者たちの意図がたくさん組み込まれています。


見ないでください、見てはいけませんとお伝えしているのでは

ありません。

ただ、そういう意図で制作されているということをわかった上で

ご覧いただきたいのです。


子どもたちは派手なものに魅かれます。

姿形が美しい(カッコイイ)善なる存在が、(子どもの感性で観て)

気持ちが悪い、不格好だ、異形だと思う悪の存在を倒す。

異形なものは悪という刷り込みも入ってしまうのです。

自分達と姿形が違う存在は攻撃してもいいと思ってしまうのです。


男の子ばかりが戦隊ものが好きなのではなく、女の子向けの戦隊ものも

ありますね。

女の子向けには女の子が喜ぶ(憧れる)登場人物をつくっているのです。

魔法もの(魔法を使って何かをする、悪を退治するというストーリー)も

どちらかというと女の子向けにつくられています。

とても巧妙にミスリードをしているのです。


テレビ、ドラマ、映画・・これはミスリードに使われています。

戦争ものなどは大体は一方的な視点から作られます。

権力を持った側が善という視点です。

開拓者の話しを考えていただければお分かりいただけると思います。

すでに長年そこで生活をしていた人たち(インディアンなど)が悪で、

開拓者は勇気のある素晴らしい人々(善なる人びと)として描かれて

いるものが多いです。

そのような題材をいくつも見ると知らず知らずに先住民(インディアン)

が悪い、残酷な人々だと思い込むようになってしまうのです。

そして、開拓者の人々を賛美するようになります。


何度もお伝えしますが、見ないでください、見てはいけませんと言って

いるのではありません、真実(製作者の意図)を分かった上で見て

いただきたいと思います。



このような話をすると困惑なさる保護者の方もたくさんいらっしゃると

思いますが、どうですか?と聞かれると、制作の意図はこうですと

お答えしたいと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。

(ここまで)


子供が戦隊ものや仮面ライダーが好きなのですが、 それもやはり洗脳しようとしているのでしょうか? なぜ、男の子は戦隊ものが好きな子が多いのかも不思議です。 やはり見せないほうが良いのかな? でも好きそうだし…


子どもを育てる親としては難しいところですね。

だから、ダメ!とすべて見せないということもできないし・・・。

かといって、今回アシュタールが語ってくれた

「制作の意図はこうです」と言う言葉ですが、これは子どもに対して

語った言葉ではなく、子供を持つ親御さんに対してです。

つまり、子供を持つ親自身がその制作意図を見抜きなさいということですね。

親が、それを知っていれば、子どもに対して「善が悪を退治するということ

だけで物事を判断してはいけない」ということを教えられるでしょう。

もし、そのことを親が知らなければ、ただただ無条件に取り上げるだけで

終わってしまい、双方に何も残らないという結果になるかもしれません。


やはり、親は親として子どもに必要な物の考え方見方を教えないといけない

ということです。

そのためには、親自身が真実を知っていなくてはならないということですね。




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破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:どうしてテラに来たのか?」 [アセンション]

破・常識あつしの歴史ドラマ「アシュタール:どうしてテラに来たのか?」



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今日の破・常識!



どうしてこの環境を選んだのかな?

どうしてこのツールを持って来たのかな?

というところにフォーカスする。

そうすれば、いろんなことが分かってくる。

どうしてテラに来たのかの目的も分かってくる。

目的がわかれば、人生を充分楽しむことができる・・・らしい(笑)。



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今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなたは時々、どうしてこんな環境に

生まれてきたの?って思うようですが・・

あなたは自分でその環境を選んできたのです。

運命で決められたものでも、何か前世で悪いことをした罰だとか、

そんなことはまったくありません。

だいたい決められた運命などありませんし

前世などというものもないのです。

あの人はいいなぁ~、あんなに恵まれた環境に生まれることが出来て・・

などと人のことをうらやましく思っても仕方がありません。

その人がどんな環境に生まれて来ようとも

あなたには一切関係のないことなのですから。

その人はその人がやりたいことをするために

自分で選んだ環境なのです。


もう一度言います。

あなたは、あなた自身であなたの環境を選んで生まれてきたのです。

そして、得意なこと、苦手なことも

自分で選んで持って来たツールなのです。

あなたはやりたいことがあってテラに来たのです。

そのやりたいことに必要な環境とツールを自分で選んで来たのです。

物質的な身体を持って、分離ということを体験する世界で

愛の交流というものを体験してみたい。

エネルギー場とは違う感覚の愛の交流を体験してみたい。

そう思ってハートフルな愛にあふれた環境を

選ぶ個性のエネルギーもいます。

反対に、物質、お金、富、だけに価値観を置いて

愛とはかけ離れた家庭に生まれようと

思う個性のエネルギーもいるのです。

愛からかけ離れた環境でどうやって

愛の交流を感じることが出来るようになるのか・・

そこをやってみたいと思って

あえて反対の環境を選ぶこともあるということです。

だから、愛から離れた環境に生まれた自分は可愛そうだとか

こんな環境に生まれたから、このような人間になってしまったとか

環境のせいにするのはナンセンスなことなのです。

そして、何か自分にとって不都合だと思うツールを持っていたとしても

それも自分で選んだことなのです。

私はいろんな冒険をしたいのにとても怖がりなのです。

どうして、こんなに怖がりなのでしょうか?これでは冒険は出来ません。

・・と思っていたとします。

でも、怖さを知っているから、自分を守れるということがあるのです。

冒険家にとって、怖さを知っているということは

大きな素晴らしいツールなのです。

怖さを知らなければ、どんどん無茶をして

命を危険にさらすようになってしまいます。

そのために、やりたいことと反対だと思うようなツールを

持ってくることもあるのです。

痛さを感じなければ、怪我が怖くありません。

小さな怪我をすることで、大きな怪我をしないような

危機管理能力が養われるのです。

でも、痛みがなければ危機管理能力を養うことが出来ずに

命にかかわるような大けがをしてしまうこともあるのです。

あなたは痛みをよくないこと、悪いこと、怖いことと思い

痛みなど感じなければいいのに・・と思うかもしれませんが

痛みはあなたにとってとても大切なことなのです。

それと同じだと考えてください。

何か自分の欲しくないツールを持って来ていたとしても

それはあなたが必要だと判断し

自分で決めて持って来たものなのです。

あなたがその環境を選び、そのツールを自分で持って来たのです。

誰かが無理やりその環境に押し込めたわけでも

苦手なツールを持たしたのでもありません。

もし、あなたが自分の環境、自分のツールに

何か不満を感じることがあるならば、

それは自分で選んだことなのだと思い

ブツブツと文句を言うのではなく、

どうしてこの環境を選んだのかな?

どうしてこのツールを持って来たのかな?

というところにフォーカスし、積極的に楽しむ方向に

思考エネルギーを流すようにしてくださいね。

そうすれば、いろんなことが分かってきます。

どうしてテラに来たのかの目的も分かってきます。

目的がわかれば、人生を充分楽しむことが出来ます。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール! 


(ここまで)


なぜ、このテラに遊びに来たのか?

なにをしたくてこのテラを選んだのか?

もしかしたら、他の惑星や物質次元でも他の次元や肉体を

持たない次元の選択も出来たはずです。

でも、テラにしかないものがそこにあるから選んだと

言えるでしょう。


それがなんであったかは少し遊んでみないと見つからないかも

しれないですね。

いろいろ試行錯誤を繰り返しているうちに、これが私の持って

きたブループリントだったと気づくことになると思います。


私の場合は時間ですね。時間と言うツールをいろいろ考えることで

この宇宙の秘密を解き明かそうという目的があったみたいです。

そして、生まれた環境も育ちもそれほど良くはありませんでしたが

愛には恵まれていたようです。

どうも、そのような環境の中で愛の大切さを知ることが目的で

あったと思います。

そして今は楽しむことです。

それには人と人との交流を楽しむことがいちばん大事です。

互いに奏で合う愛のハーモニーとそのやり取りです。

これがこの宇宙で最も価値のあるものだということです。

しかし、まだまだ体験途上です。

それでも、楽しめるだけ楽しみたいものです。


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