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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール: やっぱりNOって言えない日本人? ・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール: やっぱりNOって言えない日本人? ・・・」



(ここから)

前にねどこかの記事で読んだ記憶があるんですけどね・・

日本の人ってどこかのお店に行ってあまり気持ちよくない

対応されても何も文句言わないじゃないですか、その代わりと

言っちゃなんだけどそのお店に行かなくなる。

その行動が外国の人には理解出来ない・・らしい。


どうして言わないの?って・・・

外国の方ならすぐにその場で文句を言うのに日本人は言わない。

不思議で仕方がないそうです。


う~ん、そうだよねぇ~~・・って思ったミナミなのです。

お店にわざわざ文句を言いたくないし(波風立てたくない?)

イヤなら行かなきゃいいし・・って思っちゃうよね。

これってどうなの? 日和見? 表面的平和だけを望んでる?

やっぱりNOって言えない日本人?・・っていろいろ考えたミナミです。


では今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^






「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

言葉にするのは難しいのですが・・ムーのエネルギーを

受け継いでいる方は対立するよりそっと離れる方向へと動きます。

住み分けましょう・・ということですね。


文句を言ったとしても平行線になる場合があります。

それを感じた時にはそっと離れようと思うのです。

でも、話が出来ると思うと話をします。

それは感覚です。

どちらが悪いということではなく、(ある意味)分かり合えるかどうか

というところに重点を置くのです。


あなたはそう思うのですね、私はそこは違う考えですので

そこは離れておきましょう・・と思うのです。

だから、何も言わず離れようとします。


社会的にもあまり抗議をしないということはそういう感覚があるから

なのです。

言語的にもそうですね。

日本語はあまり最初にイエス、ノーははっきりとしません。

外国語のように結論や主語から話をしないですね。

だから、イエス、ノーとはっきりと自分の意見を主張する感覚の

人達には理解しにくいのです。

どうしてはっきりと言わないのですか?自分の意見を持っていない

のですか?と思われてしまうのです。


そうではありません。

しっかりと意見を持っていても、どちらが正しいとはっきりさせようと

あまり思わないということです。

どちらの意見もOK・・違えば離れればいい・・ということです。

そういう距離感を持っているのです。


でも、はっきりと自分の意見は言わなければいけない・・という

西洋的な考え方の方が良いと思わされているので、感性に合わないけど

それの方が良いと思ってムリにて言葉にしようとしてしまうことがあります。

そういう時はムリに言葉にしていますので相手に伝わらないということが

起きてきます。

そして、相手に伝わらないことがもどかしくなって感情的に

話をしはじめ、お互いの話し合いがこじれてしまうことになります。


ムリに主張する必要はありません。

違うと思えば(話が平行線になると思えば)そっと離れてもいいのです。

それは逃げるのではありません。

ちょっと時間を置いてみたら、また違う角度から話が出来るかもしれない

ということです。

もしかしたら時間を置いてもその件に関しては話が平行線になる

かも知れません・・その時はその件に関しては離れておきましょうと

話をしてください。

どちらが悪い・・で考えても答えは出ません。

どちらが悪い、どちらの意見の方が正解だという視点から話をすれば

ただケンカになるだけです。

不毛な話し合いにしかなりません。

そして他の件でも関係が悪くなってしまいます。


社会的なデモなどが盛り上がらないのもそういうことです。

あまり主張することが得意ではないのです。

だから、私はあなた達にそっと離れてくださいとお伝えします。

真実を知って、支配者達に対立して同じ土俵に乗るのではなく

そっと離れてくださいとお伝えします。

それはあなた達ムーの波動を受け継ぐ人たちだからです。

ムーの波動を受け継ぐあなた達だから出来るのです。

(これは日本人が偉いなどという選民的なことを言っているのでは

ありません)


いまの日本の社会システムがイヤだと、生きにくいと思うならば

そこからそっと離れて違う社会を創造してください。

そっと離れたら支配者たちは何も出来ないのです。

デモなどで対立して同じ土俵に立ってくれたら、彼らは手を出すことが

出来ます。

力で押さえつけることが出来るのです。

でも、何も言わずそっと離れられてしまったら、彼らは

あなた達に何もすることが出来なくなってしまうのです。

支配・コントロールが出来なくなってしまうのです。


求心力があるから支配出来るのです。

求心力を失えばどんなに力を誇示し、脅かそうと何の影響も

及ぼすことが出来ないのです。



あなた達はそういう社会を創りたいのですね・・

でも私たちはそれはイヤですので別の社会を自分たちで創って

行きますね・・と言って離れてください。


住み分けることです。

そうすれば摩擦は起きません。

波動エネルギーが違えば影響を及ぼすことが出来ないのです。


ムーの波動エネルギーを受け継ぐあなた達からはじめてください。

いまのピラミッド社会からそっと離れ、横並びの丸い社会を創造して

いってください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。


(ここまで)


まあ、私は必要だと思えば言いますが、そうでない場合は言いませんね。

あくまでもその場のTPOによります。

でも、全体としてみると嫌なら離れればいいという気持ちの方が強いですね。

やはり、これはムーの波動を受け継いでいるからでしょう。

つまり、私たちのDNAに刻み込まれた記憶がそうさせるのだと思います。

日本人は概して争いを好まず、出来ればないところに移動しようとします。

だから、それはそれでいいだろうと思います。

要はその人の選択の自由だということですね。

どちらが良かったか悪かったかは、その後の結果次第でわかります。





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